4月28日 於 東京
ご列席の皆様
ドイツ連邦共和国首相として、初のアジア地域への訪問先として日本を訪れていることは偶然ではありません。また就任後のインド太平洋地域における初の電話首脳会談を岸田文雄首相とさせていただいたのも、単なる偶然ではありません。日本とドイツは深い友情で結ばれており、今日このように温かくお迎えいただいたことも、その証であると感じています。心より感謝いたします。
その友情がいかに深いか、私たちはこの数日間、数週間にわたって実感することができました。ロシアによるウクライナへの侵略戦争が始まった当初から、日本はG7の一員として、立場を明確にし、ウクライナ、ヨーロッパ、そしてアメリカと連携してきました。
日本とウクライナは地理的にはドイツとウクライナよりも遠く離れているにもかかわらずです。だからこそ、急なお声がけにもかかわらず、3月にブリュッセルで行われたG7緊急サミットに岸田首相にご出席いただいたことは、政治的な意思表示以上に大きな意味を持っています。経済大国であると同時に民主主義国家でもある国々の結束力を世界に向けて発信することができたからです。
ウクライナでは、プーチンの指示のもと、ロシア軍が想像を絶する苦しみをもたらし、破壊行為を繰り広げています。しかし、この戦争がウクライナだけに向けられたものではないことは私たち皆が認識しています。この戦争は世界的に大きな影響を及ぼしています。食品とエネルギー価格の上昇をはじめ、深刻な物資不足やそれに伴う経済的、社会的、人道的な問題が浮き彫りになっています。なによりもこの戦争は国際社会全体、さらには平和秩序とその根幹、すなわち国連憲章と普遍的人権に対する攻撃なのです。だからこそ私は、数週間前のドイツ連邦議会での演説で、ロシアによるウクライナへの侵攻は「時代の転換点」であると申し上げました。
今までにない新たな状況下で、私たちは確固たる意志を示し、団結した対応を取ってきました。私たちは戦地への大規模な武器の供与を行っています。それはドイツにとって決して自明な流れではありませんでした。また中欧・東欧の同盟諸国に対する軍事支援を大幅に拡大しました。そうすることでこれらの国々が即使用可能な武器をウクライナに提供し、支援することができます。G7内では、ほぼ毎日調整を行っており、その結果として、広範囲にわたる制裁を科すことができています。これらの制裁はロシアに大きな打撃を与えています。さらにはウクライナへの財政的、人道的支援を行っています。G7は国際金融機関とともに合計総額500億ドルの資金援助に貢献しています。
プーチンは世界各国がこのように結束するとは思っていなかったでしょう。この結束には大きな意味があります。それは自由、寛容、法の支配、民主主義を守り抜くといった各国の姿勢は特定の地域に限定されたものではないことを表しています。私たちの友情は、困難な時にこそ力を発揮します。なぜなら、その根底には共通の価値があるからです。
私は本日、こうした極めて強い連帯に感謝を申し上げるために日本にまいりました。
経済的な側面においても私たちは時代の転換点を迎えています。現在、経済的な開放度が、客観的に見て1930年代、40年代以来初めて低下しており、国際的なつながりが弱まりつつあります。昨今の世界情勢の動向において見られる、債務危機、内向き志向、インフレ、戦争などは、自由貿易、公正な競争、そして開かれた市場が当たり前のものではないことを物語っています。とりわけ新型コロナウイルスの世界的流行によって、サプライチェーンの脆弱性が浮き彫りになりました。それに合わせ、「ニアショアリング」や「スローバリゼーション」、「脱グローバル化」といった言葉が注目されています。
私たちはこれらが「ディカップリング」や「自国第一主義」にならないよう、または保護主義の口実として利用されることのないよう、注意していかなければなりません。なぜなら世界中の何十億もの人々が、国際分業が進むことで、貧困を脱することができたからです。
日独両国でも、関税の導入や内向き志向が進めば、経済的に厳しい生活を強いられている人々が最も苦しむことになります。
だからこそはっきりと申し上げます。
「脱グローバル化」は成功しません。とりわけ日本やドイツのように開かれた、自由な貿易立国にとっては選択肢ではありません。その代わりに必要となるのは新たなグロバール化です。すなわち、強力なルールや制度によって協力の方向付けを行い、透明性をもたらす、よりスマートなグロバール化。資源に限りがあること、また将来世代のニーズを考慮した持続可能なグローバル化。そして全ての人々が恩恵を受けられる連帯感のあるグロバール化です。岸田首相はそういったことを念頭に「新しい資本主義」という表現をなされたのではないでしょうか
そこで重要となってくるのが次の4点であり、日本とドイツは全ての分野において主導的な役割を担っていくでしょう。
第1に、経済において今後は、価格と品質に加えて共通の価値観が重要になってきます。
日独両国は開かれた経済大国ではありますが、戦略的に重要な技術や資源などの他国への依存をどの程度まで可能とし、許容するのか、見極める必要があります。
日本では、「経済安全保障」について活発な議論がなされています。ドイツにおいては、多角化や経済の強靭性について精力的な議論がなされています。いずれにせよ両国は類似する課題に直面しています。価値を共有するパートナーとして、私たちはこれらの課題に協力して取り組んでいきます。
ドイツ政府が、インド太平洋ガイドラインにおいて新たなパートナーやプロジェクトを定め、同地域における取り組みの強化を打ち出したのもそのためです。この取り組みはオープンでインクルーシブです。様々なパートナーと対等な立場で、公平な条件のもとで連携できることを目指しています。ただ、率直に申し上げますが、私たちは共通の価値や利害を共有する国々、すなわち日本に加え、オーストラリアやニュージーランド、韓国やインド、インドネシアなどとの連携強化に特に重点を置いています。
第2に、貿易の必要性です。ただし、貿易は自由であると同時に公正でルールに基づき行われる必要があります。
皆様も同じ志を共有しておられるはずです。そしてこの志を、在日ドイツ商工会議所も、60年にわたり日独両国の企業をつなぐ重要な架け橋として活動し、体現してくれています。その活動により、日本とドイツは生き生きとした経済パートナーシップを育んでくることができました。
そして同じ志のもとに締結されたのが日・EU経済連携協定であり、保護主義に対抗する姿勢を示し、高い社会労働基準や環境基準をその内容に含んでいます。無規制の市場や目先のことしか考えない内向き志向への呼びかけや脱グローバル化ではなく、これこそが今私たちが直面している課題への正しい答えなのです。
第3に、デジタル化時代の世界では、技術を制する者が世界を制します。
経済のデジタル化なくして日独両国は将来的にも、その力を維持、そして強化することはできません。日本はデジタル化に向けて舵を切っています。
そしてドイツもデジタルトランスフォメーションを急ピッチで進めていきます。具体的にはインダストリー4.0やサイバーセキュリティー、まったなしの行政のデジタル化や世界レベルのデジタルインフラなどを進めていきます。
日独両国が協力できる可能性はこれらすべての分野において大きいと言えるでしょう。5G網の拡大もその一つです。オープンな無線アクセスネットワークOpen RANの拡大を牽引する日本の通信大手は、ドイツの通信事業者と緊密に連携しています。この分野において重要となるのは、技術的な知見だけではなく、共通の価値、民主主義の原則に沿ったデータの扱い方です。
第4は、私たちが取るありとあらゆる行動の持続可能性についてであり、この地球をどのような状態で将来世代に託すのかという問題です。気候保護や資源の保護においては、あまりにも長い間コスト面ばかりが重視されてきました。これを変えたいと思っています。つまり気候保護を両国の経済関係においてチャンスとして捉えるということです。
日本とドイツは既にエネルギー転換に関し多くの技術分野において、世界をリードしています。日独エネルギーパートナーシップを通して、両国の協力関係をさらに促進していきます。そこで重要となってくるのが、水素とその産業利用です。
明日は千代田化工建設を視察し、ブルネイで製造された水素が日本に輸送され、処理を経る工程について話を伺います。この技術は国際間水素サプライチェーンの構築にあたって世界で模範となりえます。
こういった将来に向けた投資を行うために必要となる枠組みを整備し、計画が立てられる環境を作ることが政治の役割です。気候保護を競争上の強みとしていくためには、世界的に公平な競争条件が必要となってきます。いわゆる「レベル・プレイング・フィールド」ということです。
日本やドイツのように、野心的な目標を掲げている国は、気候保護を推進しようとする勇気ある行動が、複数業界による国外への生産移転につながることはないという、確実な見通しを必要としています。ドイツは、G7議長国として、国際的な「気候クラブ」結成に向け大きく前進することを主要目標の一つに掲げています。この気候クラブには、特定の最低基準を満たす用意のある全ての国が参加できます。
私たちが目指すのは産業の脱炭素化の推進を強化し、炭素リーケージや国際的な貿易摩擦回避に向けて、ともに取り組んでいくことです。この気候クラブ構想の概要につきましては後ほど、岸田首相とお話させていただく予定です。
以上ご覧いただいたとおり、日独両国の協力関係を一層強化することで、私たちがともに成果を期待できる分野は多数あります。そういった意味でも、わずか数週間後にエルマウで行われるG7サミットにて岸田首相に再びお目にかかれることを、大変楽しみにしております。
日本とドイツは地理的には離れています。この度来日するにあたり、ロシアの上空を迂回しなければなりませんでしたが、そういったところにも、地政学的な影響が及んでいます。しかし両国は今、かつてないほどに緊密に連携しています。
それは次のような共通の認識があるからです。
私たちが直面している課題には極めて多くの共通項があります。そして同じ価値観を分かち合うからこそ、共に手を携えてこれらの課題を克服することができるのです。
この思いを胸に私は明日ベルリンへの帰路につきます。この思いを得ることができただけでも、長い旅路を経て、遠方にありながらも、近しい友人である日本の皆様にお会いできたことは大変有意義であったと感じております。
ご清聴ありがとうございました。