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第76回国連総会におけるフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領一般討論演説

76. Generaldebatte der UN-Vollversammlung

Bundespräsident Frank-Walter Steinmeier spricht in der 76. Generaldebatte der UN-Vollversammlung im Hauptquartier der Vereinten Nationen (UN). In dieser Woche findet die 76. Generaldebatte der UN-Vollversammlung statt. Etwa 80 Staats- und Regierungschefs nehmen daran teil. Steinmeier redet als erster Bundespräsident seit fast 40 Jahren vor der UN-Vollversammlung. Der erste und bisher einzige Bundespräsident, der vor dem UN-Gremium auftrat, war 1983 Bundespräsident Carstens., © dpa

記事

2021924日 於 ニューヨーク

この栄えある会合で私たちが一堂に会しているまさに今、ドイツでは、長かった選挙戦をしめくくる最後の集会が各地で始まろうとしています。6000万人のドイツ人が、明後日、総選挙で票を投ずるよう求められています。有権者の手で、新しい連立政権を誕生させ、16年間政権の座にあったメルケル首相の後任を決める選挙です。

ご臨席の皆様
我が国がこのように政治の移行期にあるなか、私から、ドイツは今回の選挙後も自らの国際的な責任を自覚し全うする国であり続けると、お約束いたします。

そこには二つの極めて重要な理由があります。第一に、二度の世界大戦の後政治と経済の再出発を図り、我が国がもたらしたあれだけの災厄の後国際社会に迎え入れられ、ついには平和的にドイツ再統一が実現できたという、恵まれた道のりをドイツが歩んで来られたのも、近隣諸国や関係各国による支援があったからこそだと、私たちドイツ人は忘れていないということです。そして第二に、より平和な未来への道、人類が抱える未解決の大きな課題の解決に向けた道のりを歩むためには、国際社会においてこれまでよりも遥かに多くの協力が必要だという、私たちの確信があります。

私たちの志は、ドイツの憲法の前文に簡潔に述べられています。「統一された欧州の対等な一員として世界の平和に貢献する」というくだりです。これは、どのドイツの政権も担わなければならない志であり責務です。ですから、私は本日、ドイツの大統領としてニューヨークを訪れ、「私たちのパートナーは、引き続き安心して私たちを信頼できる、私たちのライバルは、私たちとの競争が続くと覚悟する必要がある」と、国際社会に向けてドイツのメッセージとして発信することが重要だと考えたのです。

外交における責任とは、私の考えでは、世界を真っすぐ、ありのままの姿で見つめることから始まるのだと思います。この数日間この総会で演説を行った皆さんは、驚くほど率直に、そうしようと努められました。そして実際、今日の世界の情勢は、あらゆる面で期待外れの状況となっています。

カブール陥落は、一つの転換点でした。私たちは、20年前あの街に恐ろしいテロを持ち込んだ勢力に勝利を収めるという目標は達成しましたが、あれから多大な努力と投資を行い、20年の歳月をかけても、自律的な政治秩序をアフガニスタンに築き上げることはできませんでした。

その責任の一端は我が国も負っています。そして、今後も負い続けます。とりわけ、より平和で、自由で、民主的な未来を期待していた多くのアフガニスタンの人々に対し私たちは責任を負っています。同時に、私たちがこの失敗から導くべきは何かと問う必要があると思います。あまりに多くを望み過ぎていたと悟った今、いかなる教訓が学べ、いかなる課題であれば自信をもって担っていけるのでしょうか。

ここで、諦めるというのは、教訓として確実に間違った結論だと思います。むしろ、地政学的に期待はずれな今の状況は、外交について、より正直に、より賢明に、より強くあらねばならないという三つのことを示しているのだと思います。

すなわち第一に、私たちは、自分たちの可能性と限界について、正直にならなければならないのです。目標や関心事項を定めその優先順位を決める際により現実的にならなければなりません。より控えめな目標を目指したほうが、往々にしてより多くを達成できるものです。

第二に、より賢明に手段と重点を選ばなければなりません。ドイツをはじめとする欧州の外交は、自分たちの正しさの主張と他者の非難にとどまっていてはならないのです。私たちは、外交、軍事、非軍事、人道と、取りうる手段の幅を広げなければなりません。賢明さというのは、私の考えでは、使命感をもつというよりも、よりオープンな積極性をもって、解決法や共通項を、自分たちとは異なる人々との間についても模索していく姿勢のことなのだと思います。

そして第三に、矛盾すると思われる向きもあると思いますが、自分たちのもつ手段についてより強くならなければなりません。私たちの国々ではどの国でも、脅威や攻撃から守ってくれるという期待を市民たちは政府に対してもっています。当然でしょう。ですから、不安定な時期にある今、我が国も防衛力への投資を強化しています。しかし同時に、未来の世代が今の時代を振り返ったとき、当然のことながら今日の軍事力の大きさではなく、問題や紛争を実際に解決できたか否かで、私たちを評価することになるわけです。相互理解への意欲のない軍事力、外交への勇気のない軍事力は、より平和な世界をもたらすことはできません。私たちには、交渉力と軍事力の両方が必要なのです。そうしたこともあり、ドイツはこの二年間、国際連合の安全保障理事会において責任を担ってきたのです。そして、2027年から2028年にかけて再びその責任を担いたいと考えています。

確かに私たちは、アフガニスタンにおいて多くの点で失敗しました。しかし私たちの失敗を見て「シャーデンフロイデ」を感じるというのも筋違いでしょう。私はここであえて、他の言語でもそのまま使われるようになったドイツ語のこの単語を使います。シャーデンフロイデとは、ある人のシャーデンすなわち損失が、別の人の利益・喜び(フロイデ)になるということですが、これは、互いにつながりを強める現在の世界の現実に合わない考えです。地域の不安定化、統治機構の脆弱化、移民・難民の移動、宗教的過激主義やテロ、さらには非対称紛争、デジタル戦争、環境紛争、資源を巡る紛争等、新たな紛争の形態 − 今日見られるこうした情勢は、私たち皆を脅かしているのであり、私たち皆が、小国、大国に拘らず対処していかなければならないのです。

米国、中国、ロシアといった大国は、ここで特別な責任を負っています。これは、小さな国々に対する特別な責任を含みます。国際連合のシステムにおいてこれら大国が享受している特権は、これら大国が国際的な平和秩序を自己利益のために勝手に無視したり、これに反する行為を行ったりするのではなく、全ての国々の利益のために国際的な平和秩序の推進・維持に努める限りのみにおいて認められるものです。国際連合は、大国の殴り合いの場、守るべき価値が存在しない闘技場などではないのです。

しかし、他者を指差し非難するとき、他の指は文字通り自分たちのほうを向いていることも承知しています。例えば、米国が世界から撤退すると警鐘を鳴らすのであれば、自分たちの国において、同じような行動に出る衝動に駆られてはならないのです。ドイツを含む私たち欧州は、自分たちの安全のために、周辺地域や世界の平和と安定のために、より多くを為さなければなりません。リビア、東ウクライナ、中東等において多国間の取組みを続けなければなりません。私たちには、核合意を刷新する用意があります。そしてイランが、真摯で誠実な協議に可能な限り早く復帰するよう求めています。

私たちには強力な欧州共通外交・安全保障政策が必要です。これは、我が国の最も緊密なパートナーであるフランスと同じ考えです。強い欧州であってこそ、他のパートナーに対しても国際平和秩序への貢献を求めることができるのです。強い欧州であってこそ、中国について二つのことを同時に進められます。つまり一方で、協力が相互利益に適う場合や必要な場合に協力を試み、他方では人権や国際法や近隣諸国の正当な利益を尊重するよう要求できるのです。

強力でルールに基づいた平和秩序には、米欧間の強力なパートナーシップも必要です。米国が従来と異なる新たな重点を置きつつあること、世界が変化するにつれて同盟も変わっていかなければならないことを私たちは承知しています。しかし、米欧間の結束に亀裂を入れてまで手に入れる価値のある短期的利益など存在しません。私たちはこの点に、互いに留意していく必要があるでしょう。

地球規模の課題や人類が直面する重要な問題に目を向けると、欧州を含む大国の責任は一層重くなります。

2年近くに及ぶコロナ禍ほど、私たちが相互に依存し、互いを頼りにしていることを、身をもって思い知らされた経験はこれまでありませんでした。しかし、パンデミックはあらゆるところで収束して初めて本当に収束するのだと皆が認識していながら、国際的なワクチン配布のこれまでの達成状況は、せいぜいのところ可もなく不可もなくといったところです。

あまりに多くの人々が今なおワクチンの救済を待つなか、ワクチン配布が国家の自己アピールや戦術的な便宜供与の手段となることは許されません。ですから国連主導のCovaxイニシアチブこそ正しい道であり、ともに歩むべき道なのです。Covaxのワクチン剤の三分の一は欧州が提供するものであり、ドイツは20億ドルを拠出する世界第二位の拠出国として、年末までに少なくとも1億回分のワクチンを追加供給する予定です。

パンデミックがもたらす死活的な脅威について該当することは、少なくとも同じように気候変動にもあてはまります。この世の終わりのような広域火災、焼けつくような暑さ、竜巻、嵐、凶作、干ばつ、食糧危機。これらはまさに今ここで発生している脅威です。至るところで人々を脅かし、その家族や生活を脅かします。特に大きな影響を受けるのは脆弱な国々ですが、豊かな先進国も例外ではありません。本年夏、ドイツ西部を襲った甚大な洪水災害では、200人近い人々が犠牲となりました。またここニューヨーク市においてもつい先日、大量の水が道路や住宅、地下鉄に流れ込み、そのときの映像は今も私たちの目に焼きついています。

そのような深刻な状況のなか、私が懸念する自国エゴイズムへの回帰は単に過去への逆戻りというだけでなく、私たちの共通の未来を蝕むことになり、今まさに必要な制度や手段にダメージを与えてしまいます。今必要なものは、グラスゴーにおける強力で共通の決定なのです。

気候変動に限ったことではありませんが、私たちが掲げる高い目標と、具体的な政策の間にある隔たりは今なおあまりに大きいのです。この隔たりを埋めるために協力を進めなければならないのは私たち自身です。そしてこれは今やらなければなりません。人間が地球環境を取り返しのつかないほど破壊しかねない時代に、私たちは生きているからです。子どもたち、孫たちのために未来の可能性を残すのは私たちの世代の責務です。気候変動対策と経済的繁栄、自由で自律的な生活と社会の結束が両立できる未来の可能性を残さなければならないのです。重い言葉を軽々しく口にするつもりはありませんが、これこそ私たちに課せられた歴史的課題です。人類の未来を守るため、失敗は許されません。

この演説ではまず、民主主義に関することをお話しました。我が国における民主主義に基づく権力の移行に関してでしたが、最後に今一度視野を広げ、自由民主主義が置かれた状況全体、すなわち自由民主主義の信頼性や力、また現下の困難な世界情勢における将来の見通しに目を向けたいと思います。

アフガニスタンにおいては、大きな犠牲を伴いつつ長年行われた活動が失敗に終わりました。しかし理念が失敗したわけではありません。我が国は自由と民主主義の理念を強く信奉しています。これはひょっとしたら、そこに至るまでのドイツの道のりが非常に長いものだったからかもしれません。

現実には、政治制度に完璧なものなどないということを私たちも当然承知しています。欧州にも米国にも世界のどこにも完璧な制度など存在しません。従って制度とは他の国に輸出できるものではなく、ましてや押しつけられるものではありません。私たちが果たすべき課題は別のものだと思います。伝道活動的な熱意をもってあたるのではなく、民主主義の力を自分たちの国で光り輝かせ、市民の日常において民主主義を実りあるものとし、権威主義の誘惑に打ち勝つのです。こうすることで、民主主義というすばらしい理念を最大限に前進させることができるのです。

バイデン米大統領は、国連総会の演説で、世界を網羅する民主主義の力について語りました。私は次のように強調したい。民主主義とは特定の誰かに対抗して向けられる力ではない、と。民主主義とは「西側の権力の道具」ではありません。民主主義はオープンなプロジェクトです。方角も、地理的境界も、肌の色も関係ないのです。民主主義とは自由のプロジェクトであり、人間の尊厳のプロジェクトであり、世界各国が世界人権宣言において指針として打ちたてたプロジェクトなのです。

そしてこれが、今後も私たちの指針であり続けなければならないからこそ、アフガニスタンにおける失敗の後も、世界からの撤退はドイツにとり選択肢ではありません。尊厳が剥奪されている人がいる以上、無関心は選択肢ではありえません。従って、外交におけるリアリズムの重視とは、世界をよりよい場所にしていくための責任や野心を抑えることではないのです。

むしろ逆に、人間の内奥から来る自由、尊厳、自己決定への欲求はいかなる地においても決して消えることはありません。こうした人間的な欲求を抑圧するのではなく、叶えていくことこそ、まさに21世紀における運命を決する問題なのです。そしてこの問題は、世界のどこかの戦場で決着がつくようなものではないのです。

最強の軍隊であっても軍事力には限界があります。最強の国家の影響力にも限界があります。

しかし、自由と民主主義が人々の頭や心に訴えかける力に限界はないのです。私はそう固く信じています。

 

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